三楽 3LUCK 造園設計・施工・管理 樹木樹勢診断・治療

gardenplan.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 08月 ( 10 )   > この月の画像一覧


2011年 08月 30日

花火

今年は最後かな?週末は友人家族を招いてのバーベキューと花火。
この夏の子供たちの成長を感じました。
c0112447_18194930.jpg


昨夜は松本まちづくりシンポジウム「中心市街地の問題とこれからの松本ビジョン」というテーマで
NPOまちづくり協会理事長の三橋さんの基調講演と2部のパネルディスカッション。
小さな種が自分の中にまかれた気がします。
c0112447_182325100.jpg


先週は岡田の家の手入れ。
7年ほど前に作らせていただいた物置は古美て美しくなっていました。
軒を3尺とってあるので心地良い陰影を作ってくれます。
c0112447_18285610.jpg
c0112447_1829459.jpg
c0112447_18291543.jpg


今日はお客さんがやむを得ず手放さなければならない樹木のうち、今後の庭作りに使えそうな木を頂いてきました。ノリウツギ・糸ススキ・イタチガヤ(そび)などなど。
大事に育てて、大事にしてくださるお客様のところに嫁入りさせてあげたいと思ってます。
c0112447_18355494.jpg

[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-30 18:36 | 想い | Comments(0)
2011年 08月 26日

桃・柿育英会

遅ればせながらですが申し込みをしました。多くの方にご賛同いただきたいと思い掲載させていただきました。

桃・柿育英会 HPより

2011年3月11日、東北地方を襲った、大地震、大津波、そして原発事故は、私たちの想像をはるかにこえた大災害をもたらし、多くの人々の尊い命を奪い、故郷を、そして家族の歴史、職業までも一瞬にして奪い去りました。

両親や兄弟姉妹たち、祖父母を突然失った、多くの孤児や遺児たちは、今も被災地の避難所などで、心細い思いに耐え、必死で生きています。

16年前、1995年1月17日、阪神・淡路大震災を経験した私たちは、“桃・柿育英会”を有志の皆様と立ち上げ、10年間は、遺児たちの成長を見守り、教育を受け学ぶ意欲を支えていきたいと思いました。多くの企業や個人の方々からの募金を10年間続け、4億9千万円を超える金額を集め、兵庫県教育委員会を通して、育英資金として遺児たちに分配しました。遺児たちはそれぞれ学びを続け、今や立派な社会人に成長した人も大勢います。

この度の大震災では、更に多くの孤児や遺児を生みだす結果となってしまいました。彼らを支援し、励ます資金を集めるべく、再び「桃・柿育英会」を立ち上げます。

被災地で力強く生きようとする孤児や遺児を共に支えるこの育英会発足にお力を貸して頂きますよう、皆様のご協力を宜しくお願い致します。
[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-26 19:12 | 想い | Comments(0)
2011年 08月 22日

GLENN GOULD

1955年録音のゴルドベルグ変奏曲 グールド デビューの年


1981年録音のゴルドベルグ変奏曲 グールド急逝の1年前

[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-22 17:51 | Comments(0)
2011年 08月 22日

求道すでに道である

明治~昭和初期にかけて活躍した童話作家、
宮沢賢治は次のような言葉を残しています。

「求道すでに道である」

「農民芸術概論綱要」の最終行、「われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である」から。
道を求めること自体が道であり、どこかにあるはずの道を探し求めていたら、自分の足元にこそ、その道はあった。あとはその道を一歩ずつ歩いていけばいい。

という賢治の哲学です。

岩手県出身の彼の言葉に対して

「求道すでに道であるならば、大津波のガレキの原に、すでに道あり!」
力強く、とにかく力強く励ましの言葉を送る歌人、長谷川櫂。

震災歌集
地震を有楽町駅の山手線ホームで体験し、それからの12日間に詠んだ歌を集めたといいます。
印税はすべて義援金として寄付されるとのことです。。
c0112447_947484.jpg

[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-22 09:47 | Comments(0)
2011年 08月 19日

始業式

短い夏休みも昨日で終わり、今朝は雨の始業式。
寝坊して、久しぶりの学校に行きづらい長男。朝食もなかなか進まない。
時間は刻々と過ぎ、近所のお兄ちゃんが迎えに来ても食べ終わらない。
「遅刻してもいいから全部食べなさい!」の声に泣き始める。
食べられない、行きたくない、遅刻する。彼の頭の中はパニック・・・・

すでに学校は始まる時間になって泣きながら完食。

キツイ雨の降る中、重たい荷物を持って傘をさしながら、せかされ登校。

心配で心配で、隠れて彼の後ろを追う。

家の陰で涙を拭きながら、トボトボと歩き出す。

胸が締め付けられる想い・・・「ガンバレ」と心の中で声をかける。

振り向きもせず、すでに始業式のため体育館へ向かう生徒達のざわめき立つ校舎へ入っていく。

「よく頑張ったね。強くなったな」。胸の痛みと彼の成長を逞しく思う複雑な気持ち。

家では心配していた妻もこらえ切れず涙。

親も子どもも成長させてくれた雨の始業式。

自分に対して厳しい姿勢で接してくれた親や恩師、先輩の顔が浮かんできた。

c0112447_995619.jpg

[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-19 09:10 | 想い | Comments(0)
2011年 08月 14日

当選!

京都へ帰省中の家族を日帰りで迎えに行って、自宅へ戻ると「京都迎賓館」の一般参観の当選通知が届いていました!10枚応募して第3候補がやっと引っかかったという感じ。
1ヶ月後、楽しみです。
c0112447_14185133.jpg

[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-14 14:19 | 建築・お庭探訪 | Comments(0)
2011年 08月 12日

お盆休み

残暑お見舞い申し上げます。

まだまだ暑さが続くとのこと、皆様くれぐれもご自愛のほどを切にお祈り申し上げます。

8月13日(土)から16日(火)までお盆休みをいただきます。
楽しい夏休みをお過ごしください。
c0112447_6383631.jpg

[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-12 06:38 | 仕事日記 | Comments(0)
2011年 08月 07日

日除け

ウッドデッキの上で育てている山野草のために作った日除け。
生垣とよしずの相性が良く、山野草のおかげもあって視覚的にもとても涼やかです。
今夜はイワシでも買ってきて一杯やりますか。
c0112447_14161483.jpg

[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-07 14:16 | Comments(0)
2011年 08月 05日

百瀬家庭園

先週から手入れに入り始めた「百瀬家庭園」
本格的に手入れを任されてから3年目になります。

訪れる度にスゴイお庭であることは石組みの躍動感、力強さ、庭のスケールを見て分かってはいましたがお施主さんから資料を見せて頂いて改めてその想いを強くしました。

{重森 三玲(しげもり みれい 1896年 - 1975年)全国の庭園を実測調査し、全国500箇所のさまざまな時代の名庭実測、古庭園の調査などにより、研究家として日本庭園史のさきがけとなっていく。}

その重森 三玲氏が別用で滞在していた際、昭和44年6月7日、偶然訪れ発見したとのことです。

当時樹木が生い茂っていた庭の植栽を整理し傑出した石組みを現し、その価値を高く評価し実測調査の後、同年8月「林泉」誌に発表したとあります。

「日本庭園史大系」19 江戸初期の庭6(昭和48年6月5日初版 著者 重森 三玲・重森 完途 発行所 株式会社 社会思想社)によると、
作庭年代や作者について証明する文献に接しないが、只本庭は後に述べるように、その地割が細長く、枯滝が2箇所に設けられていて、池庭の下手に石橋を架けるあたりは、寛文から延宝(1661~1680年)にかけての類型作品であるが、只本庭は枯滝石組がかなり豪健であって、その点では寛文・延宝期より古く、或いは明暦から万治(1655~1660)あたりへもっていけるかもしれない。・・・・・これらの作例に種々な意味で共通するものがあるからやはり本庭は寛文初年を中心とする頃の庭と考えてよい。  とあります。
c0112447_2285923.jpg


本庭が江戸初期の庭として特に傑出しているのは、その石組みにおいてである。
この時代の民家の庭園はもっと大きな池庭とか、巨石の入っているものはあっても、本庭のように豪健な手法による石組みは殆ど見られない。従って本庭はその作者が天才的であったであろうことも理解できるが、施主としてのその頃の当主が庭園本来のものを理解し、又は多くの古庭園を一覧していて、作庭に深い理解をもっていたことが窺える。作者が傑出していても、施主の深い理解がない限り、このような庭園は作庭される筈がない。
c0112447_22951100.jpg

この時代の石組は既に退化した石組になり易い時代であるが、この僻遠の地では、そうした定型化に対する一切の伝統を必要としなかったことが幸であり、むしろ恵まれたのかも知れない。
いずれの芸術も都会で発展するが、同時に類型化し、定型化するのである。しかし田舎にあっては発展がない代わりに類型化や定形化がなく、何の遠慮もなく創作が続けられるのである。誠にあり難いことである。
c0112447_22102617.jpg

しかも民家の庭は封建社会としてのこの時代は、やはり武家に対する多くの遠慮があり、どことなく弱くなり勝ちであるのが普通であるのに対して、本庭の石組みがこれほど強い感覚で組まれていることは何といっても賞すべきことでなければならない。
当主が強いレジスタンス精神の持主であったのだろう。(原文のまま)

c0112447_22104770.jpg

c0112447_2211534.jpg


このお庭も先日の地震の被害をまぬがれることは出来ませんでした。
庭にある全ての灯篭が笠が落ち、いくつかは火袋が割れてしまいました。
地震の被害は庭だけではなく、蔵、母屋、お墓など大変な被害のため、灯篭まで手が回らないのが現状です。

なんとか地域の、そして日本の宝でもある、この庭園を守るために力を尽くしたいと思います。

本日届きました。
「日本の庭 名園編・作庭編・素材編」
全2巻 重森 三玲著

百瀬家庭園が掲載されていることもスゴイことですが、写真家に土門拳も参加されています。
この本の重厚さ、掲載されているお庭、写真、いずれを見ても庭園誌では僕の知る中では最高傑作です。
しかしデカい・・・

そして、「日本庭園史 大系」
 重森 三玲・重森 完途 著
全33巻(別冊 2冊)! こちらは集めるのは容易じゃない・・・

ネットで探しても古書として在庫はほとんどないようです。興味のある方はお早めに。
c0112447_2215780.jpg

[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-05 22:23 | 仕事日記 | Comments(2)
2011年 08月 03日

心のある場所

毎日ラジオを聞きながら仕事をしていて、この時期楽しみなのが「NHK 夏休み子ども科学電話相談」

子ども達の純粋な疑問や好奇心に微笑んだり、嬉しかったり、感心したり。
この歳になっても気付きもしなかったことや、知らなかったことを思わず教えてもらってナントモ面白いのです。

子ども達の「なぜ?」はきらめきがイッパイ。それに真剣に応えてあげることが好奇心を育て、もっと知りたいという欲求がやる気に繋がるのでしょう。本当に勉強になります。

先日、「いのちの不思議」に質問してれた子どもが「心ってどこにあるの?」と。
応えてくれた中村 桂子先生は「心臓の辺りにあるって聞いたことない?今の研究では頭の中にある」という説があるのよ! と紹介してくださった後、

「先生はこう思うの。 心はね。 人と人の間にあると思うの」。

僕の心にストンとこの言葉が落ちました。
その通りだ。
c0112447_18174621.jpg


だから心が通じ合ったり、相手に心を寄せたり、出来るんだ。

想いは伝えなければ分からないこともある。
だけど、一生懸命の想いを心に乗せておけばきっと心と心が通じ合う。と思うのです。

c0112447_181896.jpg


事故で急逝した弟とどうしても話がしたくて、霊媒の能力がある方にお願いをしたことがあるけど、その人も言っていました。
「弟さんのことを強く思ってください」。魂は時間も空間も超えてここにやってきて話をしてくれますと。
信じる信じないは人それぞれだろうけど、僕は今もその言葉を信じているし、弟は僕の心の中にいる。


行為の意味 
            宮澤章二
    
あなたの〈こころ〉はどんな形ですか
と ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも〈こころ〉は見えない
けれど ほんとうに見えないのであろうか

確かに〈こころ〉はだれにも見えない
けれど〈こころづかい〉は見えるのだ
それは 人に対する積極的な行為だから

同じように胸の中の〈思い〉は見えない
けれど〈思いやり〉はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為なのだから

あたたかい心が あたたかい行為になり
やさしい思いが やさしい行為になるとき
〈心〉も〈思い〉も初めて美しく生きる
それは 人が人として生きることだ




 
[PR]

by sanrakugarden | 2011-08-03 18:16 | 想い | Comments(0)